【清朝第六代皇帝の乾隆帝が母の還暦を祝い、離宮を造った】
頤和園(いわえん)は中国の北京市海淀区にある、庭園公園です。1998年、世界遺産に登録されました。頤和園は1750年、清朝第六代皇帝の乾隆帝が母の還暦を祝い、離宮を造ったのが始まりです。総面積は290ヘクタールで、その3/4を湖が占めています。
人工湖である昆明湖には美しい橋が架けられ、湖畔には仁寿殿、玉瀾堂、楽寿堂等、大小さまざまな建物が点在します。頤和園は第二次アヘン戦争でイギリスとフランスの連合軍によって一旦破壊されました。その後、西太后により再建されています。
頤和園の前身は「清諸ハ園」で、19世紀の後半に頤和園と改称、離宮とされた西太后の避暑地に利用されました。西太后の離宮として使われるために多額の資金を費やし、その贅を尽くしたとも言われています。
摂政として絶大な権力を手にした西太后は頤和園をとても気に入って、晩年のほとんどをこの頤和園で過ごしました。頤和園は承徳の避暑山荘、蘇州古典園林の拙政園と留園とともに、中国四大名園といわれています。
西太后のために頤和園には、当時、人が住んでいない、利用する者もいないにも関わらず、お店などが作られ雰囲気を作り出したそうです。その後も今なおも残っています。
観光地として開放されている頤和園の見所は、「石舫」や「仏香閣」、「長廊」「十七孔橋」などが挙げられます。
何とも不思議な空間でしです、すべてのものが映画の世界に来ているような、建物のように感じられました。かなり広いですが、その一つひとつの風景はあきることなく観ることができ、観賞出来るでしょう。
頤和園は1750年、清朝第六代皇帝の乾隆帝が母の還暦を祝い、離宮を造ったのが始まりです。総面積は290ヘクタールで、その3/4を湖が占めています。
首都北京に、「中国屈指」と称される世界遺産の名園「頤和園」はあります。18世紀、清朝の皇帝が母親の長寿を祝って造営した、北京最大の皇族庭園です。万里の長城と並ぶ北京有数の観光名所であり、その面積が日本の皇居の2倍以上という広大な庭園の歴史と魅力をご紹介します。
人工湖である昆明湖には美しい橋が架けられ、湖畔には仁寿殿、玉瀾堂、楽寿堂等、大小さまざまな建物が点在します。頤和園は第二次アヘン戦争でイギリスとフランスの連合軍によって一旦破壊されました。その後、西太后により再建されています。