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メキシコ・チチェン・イッツア新・世界七不思議の旅

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【世界中の旅人を魅了し続ける世界遺産チチェン・イッツァ】



メキシコ合衆国、通称メキシコは、北アメリカ南部に位置する連邦共和制国家である。北にアメリカ合衆国と、南東にグアテマラ、ベリーズと国境を接し、西は太平洋、東はメキシコ湾とカリブ海に面する。首都はメキシコシティ。

《チチェン・イッツア、チチェン・イツァー》とも表記する。チチェン・イッツァとはユカタン語で「イツァ人の湖の畔」を意味する。メキシコのユカタン半島北部にあるマヤ文明の遺跡です。その中でも「後古典期マヤ(900~1100年頃)」の最大の遺跡です。1988年、世界遺産(文化遺産)に登録されました。

ユカタン半島のユカタン州州都メリダの東、約120キロメートルにある後古典期マヤの遺跡で総面積は約1.5平方マイル。半島のつけ根の密林にある。現在、高速道路により分断されているが、北部はトルテカ期、南部にはプウク期の建物が残っており、南北での町の構成がはっきりと違いを見せている。ジャングルの中には、カスティージョ(ピラミッド)や天文台、球戯場や戦士の神殿などの遺跡群が点在しています。



《カスティーヨ》はスペイン語で「城」という意味です。ここでのカスティーヨはピラミッドのような外観をしています。
マヤの最高神である、羽を持った蛇の姿をした神・ククルカンを祀っており、四方は55.3m、高さ24mで9層に及ぶピラミッドです。「ククルカンのピラミッド」、「ククルカンの神殿」とも呼ばれています。カスティーヨ全体でマヤ暦の1年を表す仕組みになっています。このため、「暦のピラミッド」という別名もあります。

北面の階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日・秋分の日に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れ、ククルカンの降臨と呼ばれています。このような現象が起こることを把握して建造されているため、当時の天文学の発達が驚異的なものであったことがわかります。カスティーヨは実は二重構造になっており、初期のトルテカ=マヤ方式のピラミッドが内蔵されています。玉座や、生贄の心臓を捧げたチャック・モール像などがあります。
《新世界の七不思議》
・ユネスコ公認であるかのように誤解を招く表現を使用していたことに対する批判もあり、最終結果の発表に先立つ2007年6月20日、ユネスコは、「新・世界七不思議」が世界遺産やユネスコとなんら関係ないと声明を発表した。新・世界の七不思議については、幾度も支援依頼を受けたが、協力しないと決められた。



《戦士の神殿》カスティーヨの東に、戦士の神殿と、柱が林立した千柱の間があります。神殿の入口にはククルカンの石柱やチャック・モール像があり、ここで生贄の儀式が行われていたことがわかります。

《球戯場》球戯場では、サッカーのような競技が行われていました。手を使うことは禁止で、石でできた輪にボールを入れる(当てるとも言われています)と得点になりました。この競技は、豊作を祈る儀式として行われたといいますが、いまだ不明の点があるそうです。競技の勝者は(敗者という説もあり)、リーダーが生贄として神に捧げられました。



《セノーテ(聖なる泉)》ユカタン半島は石灰岩の大地でできており、その地下水脈が陥没してできた池がセノーテです。チチェン・イッツァのものは直径60m、水深80mにも及ぶそうです。雨の神チャックの住処とされていました。
当時、干ばつや豊作を祈願する際、神の声を聞くためとして生贄が投げ込まれました。男女や子供など、様々な人々が捧げられたそうです。後に、アメリカ人の探検家エドワード・トンプソンがここに潜り、財宝や人骨を発見しました。





《天文台(カラコル)》マヤ人は、農耕や戦争のために暦を正確に計算していました。このカタツムリ型の天文台(カラコル)はそのために造られました。土台が9m、建物自体の高さは13mあり、中心には螺旋階段が設けられています。ドーム部分には細長い窓があり、春分の日の日没や、月が最北端に沈む方向などを正確に観測することができました。

『新・世界七不思議 チチェン・イツァ』

『メキシコ チチェン・イッツァ』

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