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宮城・松島・日本三景の旅

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【宮城県は、 美味しいグルメも絶景もあり、とてもおすすめ】

松島町は、日本の東北地方の一角である宮城県の沿岸地域中部に所在する町。松島湾によって太平洋に面する地域で、日本三景の一つ「松島」の観光拠点として広く知られています。




《五大堂》国の重要文化財
現在の建物は慶長9年(1604)伊達政宗公が造営した、東北地方最古の桃山建築である。大きさ方三間(22.68尺=6.87m)、宝形造、本瓦葺。軒まわりの蟇股に、方位に従って十二支の彫刻が配してある。正面に掲げられている額には「五太堂」と彫られているが、正確には「大」が正しい。揮毫は105世天嶺。「太」の字は筆の遊びであろう。
慈覚大師手彫りと伝えられる厨子内の五大明王(国重文、中央・不動 東・降三世 南・軍荼利 西・大威徳 北・金剛夜叉)は、平安時代中期に制作された秘仏で、33年に一度開帳される。次回の開帳は2039年の予定。祭礼日は8月20日。

現在の堂へ渡るすかし橋は、縦板が2枚しつらえられているが、もともとこの板はなく、はしご状であった。
横板の間隔も5寸(約15cm)程有り、江戸後期の紀行文に、恐ろしくて渡る事ができなかった人の事が紹介されている。

《瑞巌寺》国宝・国の重要文化財
瑞巌寺は正式名称を「松島青龍山瑞巌円福禅寺」といい、現在臨済宗妙心寺派に属しております。
開創は平安の初めにさかのぼります。天長5年(828)比叡山延暦寺第三代座主慈覚大師円仁が淳和天皇の詔勅を奉じ、3000の学生・堂衆とともに松島に来て寺を建立しました。この寺は延暦寺と比肩すべき意を持って延福寺と命名され、平泉・藤原氏の外護を受けました。

藤原氏滅亡の後は鎌倉幕府が替わって大檀越となりました。北条政子は当時学徳一世に高かった見仏上人に仏舎利を寄進し、夫の菩提を弔わせています。その仏舎利・寄進状は今に伝わっております。

この天台宗延福寺は鎌倉時代中期、開創以来28代約400年の歴史をもって滅しました。
天台宗延福寺にとって替わった寺は、法身禅師が開山とされ円福寺と命名されましたが、正確な開創年はわかっておりません。
歴代住持の経営努力によってその勢力を岩手県南部にまで伸長していき、寺格も五山十刹に次ぐ諸山から、やがて十刹の高位に昇りました。しかし、戦国時代を経て次第に衰退し、妙心寺派に属するようになりました。

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