【和歌山県・高野山】
空海が開いた天空の都市
明治以前は高野山全体を総本山金剛峯寺といい、「一山境内地」とされていました。
山内は「奥之院」と「壇上伽藍」を二大聖地とし、今も人々の信仰を集めています。
奥之院には、墓石群のほか慰霊碑や供養塔なども数多くあり、民族や宗教の違いに関わらず全てを受け入れる寛容さは、高野山が1200年継承してきた精神であり、その魅力となっています。
高野山と弘法大師
標高約900m、蓮華のように八葉の峰々に囲まれた山上盆地に広がる高野山は、弘法大師・空海が開いた日本を代表する真言密教の聖地です。
弘法大師は、密教の道場を開くのにふさわしい地として、都の喧噪から遠く離れた紀伊山地の雄大な自然に抱かれた場所を選びました。
国、社会の安泰を祈り、人々のために活躍できる人材も育てたいという思いで活動します。
そして、世の中の迷える人や苦しむ人を救うため永遠に祈り、深い瞑想に入りました。
こうして弘法大師は奥之院に生き続け、世の中の平和と人々の幸福を願っているという大師信仰が生まれました。
現在も高野山は、僧侶たちが修行を続ける学びの場であるとともに、多くの人々の信仰を集め、親しまれています。
真言密教とは
一般の仏教では、人が悟りに達するには、気の遠くなるほど長い時間と厳しい修行が必要であると教えます。
これに対して真言密教では、この身このままで仏になることができる(即身成仏[そくしんじょうぶつ])と説きます。
すなわち、手に印を結び、口に真言を唱え、一心不乱に本尊を観念するならば、その人が本来持つ仏性[ぶっしょう]が顕現[けんげん]して、悟りを得ることができるとするのです。
高野山とは
高野山は、高さ16丈(約48.5m)の根本大塔が聳[そび]える壇上伽藍[だんじょうがらん]を本部にした「学問の道場」であるとともに、奥之院の弘法大師御廟[ごびょう]を中心にした「信仰の霊場」です。
16世紀に来日したイエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルは、高野山は「中世日本の六大学」の一つであると記し、同時期の宣教師、ルイス・フロイスは、「高野山は、日本中でもっとも多くの人々が参詣する巡礼地の一つである」と述べています。
弘法大師は今もなお奥之院の御廟内に生身[いきみ]のままでおわされていて、56億7000万年後に弥勒菩薩[みろくぼさつ]がこの世に出現するその時まで、人々を救い続けている、とかたく信じられています。
公益社団法人和歌山県観光連盟 引用
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